キセキたち そのバンドは対バン形式の今夜のイベントのトリでも盛況だった。珍しく豪華なライト。小屋としては最高の音響で自分たちの機材の音を出せる。
アンダーなバンドがこれに浮かれない訳がない。バンドは自分たちの曲を最高のノリでプレイしていた。
だが、そのバンドのドラマー藤原朱夏の顔はあまり晴れやかではなかった。
「おい朱夏! 今日もいいドラムだったな」
楽屋に戻りギターの男が朱夏をねぎらう。バンドリーダーのベーシストが二人に抱きつく。
「おうおう、お前もイイギターしてたぜ」
「そうか!? へへ」
「お前も喉の調子悪いって言ってたわりに、相変わらず良い声出すな」
「ま、喉の悪さは身体でカバーしてかないとな」
リーダーはメンバー一人一人にねぎらいの言葉をかけ、朱夏の浮かない顔を見る。
―――コイツは良い演奏しても、こういう顔でいることがあるから分からないんだよな。いや、上手いし性格もイイから言うことないんだけど……たまにコレだからな。
「そうだ! ライブも盛り上がったし、みんなで飲みに行かね? 楽屋でビールで乾杯じゃないな、こういう日は」ハイテンションを装いリーダーが提案する。
「お、そりゃイイね」ギタリストはノリノリだ。
「そうか、そいつはいい」ボーカルもまんざらでもない。
「ごめん、ボクは行けないよ」一人乗り気ではないのは朱夏だ。
「おい、朱夏! あのノリでそりゃねーだろう?」
―――あー、朱夏がそう言い出したらきかないんだよな。どうせ酒飲まねーし、いいか。
リーダーは朱夏に絡むギタリストを制する。
「まぁ、そういう日もあるってことだな」
「うん、ごめん」
「いや「ごめん」はいらんから、次のライブでも叩きまくってくれ!」
「……ありがとう」
そう言い朱夏は楽屋から去る。
「アイツ、何か楽しむトコ、ズレてね?」不満なのはギタリスト。
「盛り上がってこれからってトコで、「ごめん」だからな」こちらは朱夏の行動に釈然としないボーカルだ。
「まぁ、人それぞれだな。ハタチそこそこで、あれだけ叩けるヤツいねーし、ルックスも良いし、書く曲も良いし。多少の奇行には目つぶらんと、やってけないよオレら」
「まー、そうだな」「そりゃどうだ」
このリーダーの意見には他の二人も否定はしない。
「アイツはオレらが昇るには必要なんだな」
リーダーはそう話をまとめる。
「でよ、今日はあそこ? そこ?」
「ん? 折角あのハコ埋めたんだ。今日はむこうにしよう」
リーダーの声にメンバーが盛り上がる。
むこうと言えば、彼らにしてみれば一ランク上の飲み屋しかない。
朱夏を抜いたメンバーは今宵そこで爆発した。
●
先ほどまで賑わいを見せていたライブハウスの裏の通りを何キロか進むと、閑静というより不気味なまでに静まり返った真夜中のビル街が迫ってくる。
そこを朱夏は警戒した顔で歩いていた。
と、先ほどからついて回る背後の気配に向き直り、真っ暗闇に問いかける。
「つけてきているのは誰? バレバレだよ。出ておいで」
言いながら朱夏は22型乙型宝剣を出し、少し気を入れ青緑に剣を発光させる。
能力者であれば簡単なことだが、一般人には十分な威嚇だ。
少しの間のあと人影が現れる。
その小さな影に朱夏は見覚えがある。
黒く長い髪。全身を黒の服で覆い、その顔は対照的に白い。なにより暗く輝く爛々と瞳。しかし、その身体は小さい。間違いようもなくあの少女である。
朱夏は剣を下ろし大げさにため息をつく。
「また、君か……ということは今回も「ゴーストの予感がしたから、現場に行ったらたまたまボクがいた」ってところかな?」
「ええ、そうね」
まだ高校生だろうか、中学生にも見えなくない少女は彼の言葉を肯定する。
「だから……新人能力者が単独でゴーストたちを相手にするのは危険だって何度言ったら分かるのかな?」
呆れ顔で朱夏は宝剣で自分の肩を叩く。
「さあ? どうも私は現場に引き込まれるタイプらしいから。でも事ある度銀誓館にゆかりある人に助けていただいてます」
「いや、いつも助けがあるわけじゃないことは分かってるでしょ?」
―――なんだ、この子は? 運命予報士色が濃い能力者かな? 最近はそーゆータイプで開花する人もいるって、銀誓館のネットワークに出てたな。ならネットワーク調べれば、この子が登録されている……わけがないな。この子は名前すら、教えてくれないし……多分他の人のところでも名乗ってないのだろうな。ネットワークの画像データーを調べれば顔は出てくるだろうけど、面倒くさいんだよな。
朱夏はここ数年で何人かの新人能力者を発掘している。それは偶然によるものだ。
彼は音楽を職としている身だが実際バイトの収入で食べているようなものだ。彼にとって新人養成は肉体的にも精神的にも金銭的にも厳しいものだ。
「真実」を疑い彼の元を離れ行方不明となった者もいる。
彼女もそういう新人で、自分が世話することになると思えば気が重い。バンドとより足並みが揃わなくなる。
そういう事情が絡み、今までいくつのバンドを解雇されてきたことだろう。
自力があるドラマーだけに声はかけられるが、1つのバンドで長続きしない理由の大半はそれだ。おまけに出現を予知した夜は独りゴーストと戦う。それは能力者として当然働く本能だが、一般人には理解されない。
今のバンドが寛容というかルーズなところがあるので、半年持っている。朱夏のバンド歴では最長となる。
「でも、驚いたわ。夜中までの時間潰しで入ったライブハウスであなたがドラム叩いていたなんて」
「あれ、観てたの? とういうかよく子供が入れたね」
「あら、それを言うとあなたがドラムと言うのも不思議よ。その線の細さであのパワーですから。そ・れ・に能力者なら入口をパス出来る方法なんていくらでもあるでしょ?」
二人とも言いたい放題である。
三度目の再会のせいか二人の間の緊張は薄い。
「あ、そういえば、そうか」
どうも自分たちが使っていた能力を、他人が使うのにはまだ慣れていない。
「ま、それはいいや。ところで君の名前は?」
三度目の再会だから、そろそろ本名を知りたくもなる。
「そうですね……あなたが朱夏ですから……私のことは黙冬、黙った冬で「もくとう」と呼んでください」
「また季節ネタの偽名を使うんだね、前は「白秋」だったっけ?」
「あら、よく覚えておいで」
少し感嘆したような声を上げる黙冬。
―――いや、そりゃこんな変わった子は珍しいから覚えるよ。
内心のツッコみを抑えて、朱夏たちは今晩も目的地にたどり着く。
暗がりのビル街の裏道の袋小路。ゴーストが好んで住み着く場所だ。
そこで朱夏は気合いをいれイグニッションする。自分の意思でイグニッションする術を掴んでる。もう彼にはイグニッションカードはあまり必要ではないようだ。今でも無意識に携帯するカードだが。
黙冬はそれを見て昔ながらのイグニッションをする。
―――ふ~ん、この子もレベル20くらいまで上げてきたんだ。随分早いな…ってそれだけ危険な戦いに首を突っ込んでるのか。
「あら、なにか?」
朱夏の呆れとも感心ともつかぬ視線に黙冬が気づく。
「で、モクトーさん、武器は?」
「今はコレにしています」
と、得意気にその扇を見せつける。
―――扇ね、神秘か術式特化かな? あれから武器も増えているから、いちいち覚えてないんだよね。
殺気を感じた朱夏が目の前の闇に向きあう。
「出てきたね。敵もレベル20程度で、数は10以上の気魄型ゾンビか。まぁ楽勝だけど、モクトーさんは退避しててね。君のレベルで集中攻撃受けると命に関わるから」
「了解しました」
「うん、良い返事だ」
言いながら前に出る朱夏と引く黙冬。
戦闘は一匹のゾンビが飛び掛かることで始まった。
早い。
が、それを朱夏は宝刀一閃のカウンターで両断する。しかも自分は返り血を浴びない位置に移動している。まるで一陣の風だ。
次に襲い掛かるゾンビの右フックも易々とかわし、宝刀に念を込め炎の塊を作る。
次の瞬間、炎の塊、フレイムキャノンが後方のゾンビを撃ち焼き尽くす。
その間に他のゾンビは次々と朱夏に襲い掛かるが、それをも余裕でかわす。背後から殴りか掛かられても、その攻撃思念を察知してかわす。その体さばきは、相手の攻撃するポイントまで読んでいるかのようだ。
ゾンビに囲まれたところで、彼は自身に炎を宿す。
そして宝刀を水平に構え回転する。
銀誓館で知られるフェニックスブロウではない。あれは単一の敵を滅する技だ。
目の前の朱夏は自分を囲む敵全てを焼き滅している。これはフェニックスブロウの応用なのだろうか、近接するもの全てを攻撃対象としている。
遅れを取ったゾンビには疾く間合いを詰め、宝刀で切り刻む。
そこに襲い掛かるもう一体のゾンビの攻撃はやはり余裕をもってかわし、宝剣の錆とする。
圧倒的である。時間にしてみれば2~3分の攻防であったか。
すべてを駆逐した朱夏は闇に向き直る。
「あとは君だけだね、リリス」
「すべてお見通しってわけね、あんた何者?」上半身は人間の女性。下半身が蜘蛛に近い異形のリリスがその姿を現す。その禍々しい異形を鼻で笑い飛ばし朱夏は応えた。
「ん? そうだね。オロチと対峙した者。いや、「揺籠の君」と対峙した者と言った方が分かりやすいかな?」
リリスはその言葉で理解する。いや、せざるを得なかった。彼女らの親とも言える巨大な存在「揺籠の君」を滅した存在は彼らであるのだから。
「くっ、銀誓館!」
その名前を忌々しげに叫ぶ。通常のリリスが勝てる敵ではない。が、あたりを見渡したリリスは笑う。
「でも、後ろのかわいい子は違うようね」
その言葉に朱夏は振り向く。退避していたはずの黙冬が戦闘領域に足を入れている。
「ほら、隙が出来た」
リリスは黙冬にその鞭のような触手で攻撃する。技量の無い彼女にこの攻撃はかわせない。
触手の一撃を受けた黙冬はくぐもったうめき声と共にその場に倒れ伏す。
「!!」
昔の癖で朱夏は咄嗟に病魔根絶符を彼女に投げる。
その隙にリリスは黙冬に向け走る。
彼には敵わないとみて彼女を使いこの場を逃げ切るつもりだ。
朱夏はリリスを追い走るが、回復の札を投げた分の時間差が大きい。彼女…黙冬がリリスの人質になれば、戦局が反転する。
非情にもリリスは彼女を手玉に取ろうとする、その無数の触手を使い。
だが、その触手に捕らわれる寸前に、扇からの煙霧の反撃にリリスが一瞬止まる。たいしたダメージにはならなかったが、蛇女をのけぞらすには十分であった。
この一瞬で朱夏はリリスに追いつき炎の手刀で彼女の背中にぶちこむ。その手刀は彼女の皮膚を割き心の蔵を焼き尽くす。
触手の必死の反撃が朱夏を襲うが、彼はそれをかわさない。
攻撃全てが朱夏の纏う見えざる気に弾かれている。
その光景を倒れていた黙冬の眼前で広がる。異次元な攻防に彼女はを丸くする。
反撃するリリスのタフさに呆れながらも朱夏はその背中に入れた炎の手を下へ押し下げる。
こういう化け物は切り刻んでもなかなか死なない。
体験上それを知っている朱夏はあえてその手でその傷口をえぐり心臓どころか内臓を焼く。
リリスは声にならぬ悲鳴を上げもがき朱夏の手から逃れようとあがくが、内臓をも焼くその手から逃れられるはずがない。
タフであるからこそ苦しむ時間が増える。
さらにのけぞるリリスの身体を空いていた左手で締め付け、鈍い音とともにその背骨を折ったところで、ようやく彼女はこと切れる。
朱夏の炎が彼女の身体を文字通り焼き滅する。跡形もなく。
それから倒れている黙冬を蔑視するかもように見下し冷たく問う。
「なんで戦闘領域に入ってきたの?」
●
黙冬は朱夏を睨んでいた。鋭い殺気。侮蔑。憤慨。そういった負のオーラ―を抱えている。
戦闘領域に入ってきた罰として、朱夏が彼女を回復しなかったのが余程気に入らなったのだろう。
能力者なら多少の傷はある程度の時間で回復する。が、その間、傷は痛む。
「こんな優しくない人初めてだわ!」
自然回復した黙冬が開口一番怒りをぶつける。朱夏はそれを軽くながす。
「じゃ、もう一度問うよ。なんで入ってきたの?」
「そ、それは」
黙冬が口ごもり目を逸らす。
「まさか、自分は大丈夫とか思ったの?」
「え…ええ、それもありますけど…」
それを聞いた朱夏は冷たい表情のまま、片手を伸ばし彼女の胸倉を掴みそのまま吊り上げる。息苦しさのあまり声も出せずうめく彼女に、朱夏はゆっくり小さい声ながら強い口調で説く。
「そんな考えを持つ人はすぐ死ぬよ、そういう世界なんだから。そして残され者の心の傷は死んだ人には分からない。君は彼らと同じ。大丈夫だと自分に言い聞かせて死んでしまうタイプ、一番腹が立つね」
そこまで言い朱夏はその手を放す。急に圧力から解放された彼女は、上手く着地できずにその場に無様に倒れる。朱夏のプレッシャーが強くて、咄嗟に身体が動かなかったかもしれない。そんな彼女を冷淡に見つめ朱夏は続けた。
「君が能力者として、どう鍛錬してるのか知らないけどさ、死ぬよ、こんな感じで首突っ込むことしてたら。……さっきの傷直さないだけだったら全然懲りて…」
「いえ、かなり腹立たしいことなさいましたよ」
朱夏の言葉を遮るように黙冬は扇で朱夏に切りかかってみる。が、その攻撃が彼に届く前に見えない彼のオーラーに弾かれる。さっきと同じである。忌々しげに彼の脛を蹴飛ばすとこちらは見事にヒットし朱夏の態勢が崩れる。
どうやら彼はまだ自分の意識した箇所近辺にしか、見えざる防護壁を貼れないようだ。もっと高レベルの者なら、これを無意識に全身に纏う。
「あら? 当たりましたの。ではこれでおあいこということで、また会えたら」
脛を押さえて屈みこむ朱夏を尻目に、黙冬はその言葉を残し踵を返す。
と、彼女は朱夏に向き直り尋ねた。
「そうね。銀誓館に入れば、あなたより強くなれます?」
●
「はぁ?」
唐突にそんなことを言われたので、間が空く。そして朱夏が素っ頓狂な声を上げる。
「ですからー、銀誓館で鍛えればあなたより強くなれますの?」
「…そうだね、バンドにのめり込み、予感がした時だけ戦いに赴いているボクより強くなれるんじゃない?」適当に言ってから、思い出したように付け加える。
「あ、だからといって強くなって今日のリベンジとか、なしだよ」
「あら、そんな無粋な真似はいたしませんよ」
「どうだかね、ガキは怖いからね」
「ガキって……え、私そんな子供に見えます?」
「うん、中学生に見える」
何気なく放ったつもりの朱夏の言葉に黙冬が噛みつく。
「もう16ですわ!」
「それでも、子供じゃん」
―――その反応も子供だし。
そうも思うがそれは口にしない。
気を取り直した黙冬が続ける。
「まぁ、それは置いておいて。明日鎌倉に行けば手続き出来るのでしょうか?」
「あぁ、そうだね。それなら銀誓館の養成所に僕が話つけとくから、ウェブで」
と、黙冬の視線が自分に向かっているのに気づき問う。
「ん、まだ何か?」
「今晩泊めていただけません? お代は…そうですね、私の身体とかでどうでしょう?」
「はぁ?」
再び素っ頓狂な声を上げる朱夏であった。
「いやね、自分が何言ってるか分かってる?」内心頭を抱えつつ朱夏が尋ねる。
「ええ、今夜の宿代がないから、あなたに抱かれることで一晩泊めていただけませんか? と言ったつもりですが」
「…たしかに、今時間電車は動いていないし。って、その辺のビジネスホテルでもカプセルホテルでもあるじゃん」
「私茨城から来てます。それに残金がこれだけです」
黒が基調の彼女にしてはかわいらしい赤の財布から千円札を2枚取り出し胸を張る。
―――いや、そこ威張るところでないよ。と、心の中でツッコみ朱夏は応える。
「無計画にも限度があるでしょ?」
「あら、この手段で男はたいてい落ちますよ。銀誓館だろうとそこは本能と煩悩の世界ですからね」
「あー、そう。でもねボクはガリガリのぺったんこに興味はないから。別にタダら泊まってけば。…それに別に明日鎌倉でなくても、明日一旦茨城に帰り身支度整えてから鎌倉にしたら? 親が心配するよ」
それを聞き黙冬が俯き顔を曇らせる。
「親? そんなの昔にいなくなりました」
虚空を仰ぐ。
「親は私の記憶の無いうちに他界しています、交通事故で。ですから叔父がここまで育ててくれた訳ですが。最近叔父が私をいやらしい目で見るようになって、あそこに私の場所がありません。帰っても何強要されるか分かりませんし」
―――はぁ、こんなガリガリのぺったんこでも性の対象になるのね…ってここは茶化さず聞いてあげないと。
不謹慎極まりない男である。
「じゃ、どうやってここまで?」
「それは…叔母がおこずかいを出してくれるので、それで」
「ふ~ん。あ、学校はどうするの? それもややこしいよ」
銀誓館の力でその辺はどうとでもなるのは知っているが、あえて聞く。
「高校ですか? 2~3ヶ月しか通ってませんから、多分退学処分に…」
「はい、銀誓館で高校やり直し決定。良かったね、また青春が来るよ」
そこまで聞いて朱夏はそう返した。言葉に相手を祝う気持ちは入っていないが。
そんな重要なことを即決され黙冬が戸惑う。
「え? そんな簡単に入れますの?」
「まぁ、君が能力者ってことはボクが伝えておくとして。あとは君から事情を訴えれば大丈夫だよ」
―――たぶん。
それが本音なのだろうが、そこは隠す。
「あの、私ダブりで高校生復帰なのですか?」
「何を心配しているの? こんなガリガリの、ぺったんこの、小さいの、年上だと思う? それにあそこは超マンモス校だし」
「ガリガリって言わない!」
再び朱夏にローキックを見舞うが、今度はかわされる。
「あ、悪い悪い。じゃぁダブルAって呼ぶよ」
「うっ! なんで」
「いやテキトーだったんだど、図星? ダブルA」
「ダブルA言うな!」
朱夏にからかわれて、次は頭突き攻撃に出た黙冬だが、これは難なく受け止められ、甘い甘い、と頭を撫で撫でされる屈辱を味わう。
「ところで本当にウチ泊まるの? 汚いよ」
「……ええ、そのつもりですけど、お代はよろしいので?」
突然話を戻されて困惑した彼女だが、問題はそこへのこだわりだった。
「まだ言わすの?」
朱夏は大げさに肩を落としてみせた。
「ボクは、ガリガリの、ぺったんこの、チビ、を抱く趣味はない。お金があるならそりゃ欲しいトコだけど、君の様子からすると鎌倉行く旅費でいっぱいいっぱいだろうから、お金は汽車賃だね」
当たり前のようにバンドマンは貧乏だ。
「で、でも」黙冬がまだ渋る。
「あ~分かった、分かったよ。そっちの報酬は出世払い。利子とかは君の望む形ということで良いでしょ? え~と、ここからなら3~4駅分歩くけど構わないでよね?」
先に歩き出した朱夏の手を黙冬が掴む。
「あ、あの。私。自分より強い人にしかこんな交渉しませんから。誤解しないでくださいね?」
「なんだ、そっちかい。ボクより強い人はゴマンといるし、銀誓館入ったら、またそーゆー考えも変わるよ」
朱夏は振り返りさわやかな笑顔で言ってのけた。
黙冬にその笑顔は、この暗く重く鈍い道に差し込んだ、少しばかりの光に思えた。
●
時に2025年。
全人類の命運をかけた、人ならざるものとの戦いが始まる。
ここ日本でも能力者部隊が編制され国を上げて戦った。この戦いに黙冬は第0857中隊隊長として戦陣を転々とし、いつも先陣を駆ける隊長として部下から深く敬愛されたという。
また朱夏は0857中隊傘下の008小隊長として黙冬を影日向なく支えたという。
戦いは熾烈を極め日本でも壊滅部隊が出てゆく中、彼女の率いる部隊は完全勝利を掴みとるまで部隊と彼女は生き残ったという記録がある。
藤原朱夏も最後まで008小隊を存続させ生き残ったと記録にある。
この大戦後彼女たちの軌跡を記した公式文書は発見されなかった。
あとがき
シルバーレインにおける僕のキャラ、藤原朱夏をクローズアップしてみました。
あの世界で出遅れた朱夏君のその後のエピソードです。
シルバーレインがああいう形で終わりましたので、そのエピソードに入らなかった朱夏君は、こんな形の生き方をしました。という話です。
今回は執筆にあたり他プレイヤーのキャラを描写していませんので許可の必要性もなく、楽に書きました。バンドマン描写や黙冬というキャラには苦戦しましたけどね。練り込んでいなかったので。
時間はかかりましたが、その後の朱夏君は思ったように書けました。
変更したところは、黙冬を朱夏より強くしたところですね。なんとなく、そうしました。
朱夏が音楽的にどうなったのか?とか、黙冬とはどうなったのか?とかは、読んだ人の想像にお任せします。
このエピソード自体が僕の朱夏君への愛情かもしれません。
キセキは奇跡でも軌跡でも使えるのでこんなタイトルです。
それでは、また。
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